<Tooth-Dev シンポジウム情報> 
2006.8.21.版



第4回歯の発生生物学と再生に関するシンポジウム

第48回歯科基礎医学会学術大会・総会 サテライトシンポジウム(SS2)として開催します。

テーマ: 発生学的見地から考える細胞分化の多能性と再生医学
日時:
2006年9月21日(木)(13:00〜15:00)
場所:
B会場:鶴見大学記念館1講(横浜市鶴見区鶴見2-1-3)

アクセス図

シンポジウム会場案内図

座長:
野中和明(九州大学)原田英光(岩手医科大学)
後援:
歯胚再生コンソーシアム
プログラム
1. 野中和明(九州大学 大学院歯学研究院 口腔保健推進学講座 小児口腔医学分野)
Overview:ゴードン・リサーチ コンファレンスの話題から歯髄研究の展開について

2. 大島勇人(新潟大学 大学院医歯学総合研究科 硬組織形態学分野)
外的刺激に対する歯髄反応の特殊性と再生

3. 山崎英俊(三重大学 大学院医学系研究科 ゲノム再生医学講座 再生統御医学分野)
神経堤細胞と歯の間葉細胞

4. 井関祥子(東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科 分子発生学分野)
哺乳類頭蓋顎顔面間葉の由来組織の局在

 
【趣旨】 

  歯髄は硬組織に囲まれた結合組織であり、う蝕や咬耗、磨耗などの外的刺激に反応して第三象牙質を作る。しかしながら、歯髄に加わる刺激の程度によってその反応性は異なり、歯髄炎を誘発したり、骨様組織の形成がみられる場合もある。このように、歯髄は骨などの硬組織周囲の結合組織とは異なった反応性を示す。これらの歯髄独特の現象は、日常の臨床における診断や治療法の選択においても、さらに歯髄や象牙質の再生療法を開発する上でも考慮すべき重要なことであるが、いまだ十分に理解されていない。今回のシンポジウムでは、これらの歯髄特有の現象を明らかにするために、発生学的な見地、すなわち歯髄に存在する細胞の由来について考えてみたい。歯髄は歯乳頭に由来する間葉組織であり、歯根膜・セメント質・歯槽骨などの歯周組織細胞に分化すると考えられている歯小嚢細胞と由来を同じにする。これらの組織は、脳や脊髄などの中枢神経の原基(神経管)が造られる時に、上皮から間葉にこぼれ落ちた細胞群(神経堤細胞)が歯の発生する領域(第1鰓弓)に遊走し、上皮細胞(歯胚上皮)との相互作用を経て象牙芽細胞や歯髄細胞に分化すると考えられている。しかし、元来そこに存在する中胚葉細胞や血管や神経の歯髄内への進入に伴う中胚葉組織からの細胞の移動なども由来の一つであると考えられる。また、歯髄内に存在が確認された多能性の間葉系幹細胞の表現系が骨髄の間葉系幹細胞のマーカーとほとんど一致していることなどから、歯髄組織の由来に関して再考が必要になってきたと思われる。近年の分子生物学・細胞生物学の進展により、神経堤細胞や中胚葉細胞のマーカーを用いた検索が可能になり、それらを用いた実験的証拠が報告され始めた。そこで、本シンポジウムでは、今年一月に開催されたゴードン・コンファレンスでのトピックにもなっている歯髄組織の発生学的由来にスポットを当てたシンポジウムを企画した。歯髄組織を形成する細胞の由来について活発な議論を期待したい。


【演題と抄録】

1.Overview:ゴードン・リサーチ コンファレンスの話題から歯髄研究の展開について

九州大学 大学院歯学研究院 口腔保健推進学講座 小児口腔医学分野
野中和明

 

 The 2nd Craniofacial Morphogenesis & Tissue Regeneration at Gordon Research Conference (ゴードン・リサーチ コンファレンス:http://www.grc.uri.edu)は、2006年1月22日〜27日にかけて、カリフォルニア州ロザンゼルス市から高速道路を車で約2時間北上したヴェンチュラ市(Ventura)で開催されました。今回のチェアマンは、南カルフォルニア大学のDR. Yang CHAIが務めました。そして副チェアマンは、ヘルシンキのDR. Irma THESLEFFでした。従って、2年後開催予定の同セクションのゴードン・リサーチ コンファレンス開催では、DR. Irma THESLEFFがプログラム策定責任者を兼ねたチェアマンを勤めることになります。ちなみに第一回大会(2004年)は、ロンドンのDR. Paul T SHARPEが勤めていました。両大会に日本から出席できた一人として、研究のトレンドを中心とした話題提供をさせていただきます。
 ご承知のようにゴードン・リサーチ コンファレンス、生命科学のホットな話題を網羅的に取り上げ討論できるように、多くのセクションが1年間のスケジュールに沿って、各都市で開催されています。私達が参加した比較的新しいこのセクションは、National Institute of Dental and Craniofacial Research (NIDCR) at NIHからの資金的援助を受けながら、この3人が中心となり立ち上げたセクションです。5回開催(10年間)して、講演者による講演内容の新規性、話題性、アカデミックなレベル、また参加者の人数やその発表内容の質的高さなどを、第三者からの評価を受けて以後の継続開催の有無が決められるそうです。また別の先発セクションとして、Bone & Toothがあることは周知のとおりです。
 今回の『Craniofacial Morphogenesis & Tissue Regeneration』セクションでのプログラム構成は、次のようになっています。 1) Neural crest fate determination, ectoderm and endoderm interactions; 2) Craniofacial patterning, midline, frontonasal and the first branchial arch prominences development; 3) Placodes and their functional significance during craniofacial development; 4) Craniofacial organogenesis, such as tooth and palate morphogenesis; 5) Intramembranous bone formation and suture biology; 6) Signaling interactions and gene regulation; 7) Human syndromes involving craniofacial defects; 8) Evolution biology; 9) Tissue engineering. この究極の使命は、歯・頭部顔面健康ケアー増進に寄与することにあります。


2.外的刺激に対する歯髄反応の特殊性と再生

新潟大学 大学院医歯学総合研究科 硬組織形態学分野
大島勇人

 

 歯髄は硬組織である象牙質に囲まれ、外界とは根尖孔で交通するという特殊な環境におかれている。歯髄には、歯髄・象牙質界面に並ぶ象牙芽細胞、細胞外マトリックスの形成とターンオーバーに関わる線維芽細胞、線維芽細胞や象牙芽細胞に分化する能力をもった未分化間葉細胞、樹状細胞やマクロファージなどの防御細胞が存在するが、線維芽細胞と未分化間葉細胞とをその外観で区別することは難しい。
 外的刺激に対する歯髄反応を考えるにあたって、局所に存在する細胞の分化能と再生の場を考慮に入れる必要がある。歯の再植後の歯髄治癒過程を検索すると、歯髄内に第三象牙質が形成される場合と歯髄が骨組織に置換する場合があり、後者の治癒経過を辿る場合が多い。治癒機転を規定するのは、歯髄内硬組織を造る細胞の由来と分化能、細胞の分化に影響を与える局所の微小環境が重要になると考えられるが、歯髄・象牙質界面に樹状細胞が一過性に出現すると象牙質形成が起こり、破骨細胞系細胞が出現すると骨形成が起こることが明らかになっている。
 再植後に歯髄内に骨基質を形成する細胞の由来については、二つの可能性が考えられる。一つは再生血管と神経と共に歯周組織細胞が歯髄内に侵入する可能性である。二つ目は再植前から存在していた歯髄固有の細胞に骨形成能があるという考えである。実際、本来の歯髄細胞の多分化能が報告されているが、もともと由来の異なる間葉細胞が混ざり合った複合組織が歯髄であるという考えを支持する結果もある。ネズミの歯を抜いて、歯冠部だけを軟組織に移植すると、歯髄内には象牙質に加え、骨形成が惹起される。興味深いことに、既存の象牙質に連続して象牙質が造られているが、象牙質から離れた部位では骨が形成されている。この事実は、象牙芽細胞の分化には、基底膜や象牙質などの細胞外マトリックスの足場が必要であることを示していると言える。
 歯の損傷が歯髄に及び象牙芽細胞がバラバラになると、局所で新しい象牙芽細胞が供給される一方、歯髄が広範な損傷を受けると象牙芽細胞と骨芽細胞に分化する能力のある二つの細胞群のバランス、もしくは両者の分化をコントロールしているシグナルのバランスがくずれ、場合によっては歯髄が完全に骨に置換してしまう場合も起こりうると考えられる。本シンポジウムでは外的刺激に対する歯髄反応の特殊性から歯髄を構成する細胞の由来について考察を加えたい。
 

3.神経堤細胞と歯の間葉細胞

三重大学 大学院医学系研究科 ゲノム再生医学講座 再生統御医学分野
山崎英俊

 

近年「幹細胞研究」の急速な発展に伴い、幹細胞を用いた細胞あるいは器官レベルの再生医療の可能性が現実味を帯びてきた。現在、その目的のために胚性幹(ES)細胞と組織幹細胞が精力的に研究されている。ES細胞はすべての細胞系譜に分化することが約束されており、我々もマウスES細胞を用いて血液細胞、血管内皮細胞、骨芽細胞、神経堤細胞由来の色素細胞、網膜を含めた眼構造様の誘導に成功してきた。しかし、ヒトへの再生医療を考えるとき、全能性ゆえES細胞が示す高頻度の腫瘍化が大きな問題点となる。
 我々は、組織幹細胞の一つである神経堤細胞に着目した。神経堤細胞は胎生初期に神経管癒合部より発生する細胞集団である。これらは、第4の胚葉ともいわれ、神経細胞、軟骨細胞や骨芽細胞など、従来の胚葉を越えた細胞系譜に分化できる多能性細胞である。さらに神経堤細胞は、頭蓋顔面、歯芽及び胸腺、心臓、皮膚など様々な組織・器官の形成に関与し、生体を形成する非常に重要な細胞集団である。
 我々は、神経堤に由来する細胞をLacZ陽性細胞として特異的に標識できるマウスを用いて、器官形成に関与する神経堤由来細胞の存在時期や部位、分化能について検討した。その結果、歯の間葉には胎生期のみならず出生後も多数の神経堤由来細胞が存在し、これらは象牙芽細胞のみならず、軟骨細胞、骨芽細胞や色素細胞等の様々な細胞に分化できることがわかった。近年、乳歯歯髄や永久歯の歯髄、歯周靭帯にも様々な分化能を持つ細胞が存在することが報告されている。しかし、これらの細胞の起源についてはあまりよくわかっていない。
 間葉系細胞は、主に神経堤細胞あるいは中胚葉に由来すると考えられている。特に、頭部の硬組織の大部分は神経堤細胞に由来すると考えられている。我々は、歯胚の間葉細胞のなかに、LacZ陽性のみならずLacZ陰性の細胞も存在し、骨芽細胞や軟骨細胞に分化できる細胞が、両者からなることを見いだした。これらの結果は、歯の間葉細胞が神経堤細胞と中胚葉系細胞の2種類からなり、両者に由来する多分化能を持つ細胞が歯に存在する可能性を示唆する。現在、多分化能を持つ細胞の由来について詳細に検討中である。さらに、神経堤細胞は、歯以外の様々な部位にも存在することが知られている。これらの多能性神経堤細胞を用いた、再生医療の可能性についても私見をお示ししたいと思う。
 

4.哺乳類頭蓋顎顔面の組織由来と切歯の形態形成

東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科 分子発生学分野
井関祥子

 

 哺乳類頭蓋顎顔面の特徴の一つは、体幹部のすべての硬組織が中胚葉由来であるのに対し、頭蓋顎顔面では神経堤細胞が歯牙を含めた硬組織形成に関与するという点である。神経堤細胞は、神経管が形成される時期に神経堤の細胞が間葉細胞化して出現する。その後、原腸陥入によって発生した中胚葉由来の間葉中を移動し、目的とする部位において神経節等様々な組織に分化する。すなわち哺乳類頭蓋顎顔面の間葉組織を構成するのは頭部神経堤細胞と頭部中胚葉であり、両細胞群の相互作用は頭蓋顎顔面の形態形成に重要な役割を果たす。鳥類などと比較すると、哺乳類はその操作性の問題から各々の組織の由来を検討することは困難であり、時間的空間的な神経堤細胞および中胚葉の分布の検討はほぼ不可能であった。しかしながら、1) Wnt1遺伝子は神経堤細胞が出現する時期の神経管で発現が開始し、それ以降胎児期を通じて中枢神経系以外の組織には発現しないこと、また、2) Mesp1遺伝子は原腸陥入時に新生中胚葉に一過性に発現し、その後胎生期を通じて発現しないこと、を利用し、これにROSA26のコンディショナルレポーターマウス(R26R)を用いることでそれぞれ頭部神経堤細胞、および頭部中胚葉をlacZにて標識する遺伝子改変マウスを作製した。発生過程における組織の相互作用を明らかにするために、まずこれらのマウスにおける神経堤細胞および中胚葉の分布を検討した。神経堤細胞の移動時期に一部の中胚葉は神経堤細胞とともに腹側、すなわち頭部顔面領域に移動し、その間葉中で血管内皮細胞へと分化していた。歯胚においては、蕾状期までは陥入している歯堤直下で凝集している間葉はほぼすべてが神経堤細胞で、それを取り囲むように血管内皮細胞マーカー陽性の中胚葉が存在していた。帽状期になるとこの血管内皮へと分化している中胚葉が歯乳頭の中に侵入していた。頭蓋骨においては神経堤細胞と中胚葉の境界が明瞭に観察され、頭蓋冠では前頭骨と頭頂骨の間に、また頭蓋底では将来下垂体を収めるトルコ鞍に認められた。今後これらの分布状況をもとに、頭蓋顎顔面形成過程における組織間相互作用について検討していきたい。

 


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