第49回歯科基礎医学会学術大会・総会サテライトシンポジウムとして開催します。
テーマ: | ヘルトビッヒの上皮鞘(HERS)と歯根発生のバイオロジー |
日時: |
平成19 年8 月29 日(水曜日)16:00〜19:00 |
場所: |
C 会場(北海道大学 学術交流会館小講堂) |
企画者: |
大島勇人(新潟大学) |
座長: |
大島勇人(新潟大学)、原田英光(岩手医科大学) |
後援: |
歯胚再生コンソーシアム |
プログラム |
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【趣旨】
歯の発生生物学研究では,歯胚上皮と神経堤由来間葉間の相互作用における骨形態形成因子(BMP),線維芽細胞増殖因子(FGF),Wnt,ソニックヘッジホッグ(SHH),腫瘍壊死因子(TNF)などのツールキット遺伝子の役割が詳細に調べられ,形態形成のメカニズムの概要を分子レベルで理解できるようになってきた。一方で,将来の歯科再生医療を考えた場合,補綴処置が可能な歯冠の再生以上に歯根の再生を視野に入れなくてはならないのに関わらず,研究手技がいまだに充実しておらず,歯根発生に関するメカニズムは,歯冠形成に比べて研究報告も少なく,立ち遅れている感が否めない。 歯根発生の基本的な理解は,歯胚のサービカルループの内外エナメル上皮が癒合し二重層(ヘルトビッヒの上皮鞘[HERS])が形成されて歯胚間葉の増殖と分化を誘導し,歯根象牙質形成,セメント質形成が開始されるというものであるが,HERS形成のメカニズムや機能についてはほとんど解明されていない。しかしながら,2005年から2006年にかけて歯根発生に関する重要な論文が日本・韓国から発信されている。そこで,これらの論文の著者を招いて,独自の研究手法を用いたHERSや歯小嚢細胞,歯根発生についての最新のデータを紹介して頂き,HERSや歯根発生メカニズムについて活発に議論するために,本シンポジウムを企画した。
【演題と抄録】
1.器官培養系を用いた歯根形成メカニズムの解明 岩手医科大学 歯学部 口腔解剖学第二講座 藤原尚樹 |
歯根形成は歯冠の形態形成が完了するとともに始まる。しかし歯冠から歯根への移行に関わる分子メカニズムについてはよく分かっていない。エナメル器の歯頚部にはサービカルループと呼ばれる,内エナメル上皮(IEE),外エナメル上皮(OEE),中間層,星状網(SR)からなる構造が見られ,歯冠の形態形成はIEE細胞の増殖が大きな役割を果たす。そして歯根形成に移行する際には,IEEとOEEの二層の上皮層からなるヘルトビッヒの上皮鞘(HERS)が形成される。今回我々は,HERSと上皮成長因子(EGF)とインスリン様成長因子(IGF)の2つの成長因子の関係に注目した。
EGF receptor (EGFr)は免疫組織学的にSRの細胞に強く発現することが報告されている。HERSの形成過程において,サービカルループに見られるSRが消失するが,この際にサービカルループ付近のEGFの発現もしだいに減少する。このHERS形成前の歯胚に対して器官培養系を用いて行った実験から,SRの消失がHERS形成のタイミングをコントロールする重要な要因であること,EGFがサービカルループからHERSへ発達を促す調節因子のひとつであることを示唆する結果を得た。
一方,IGF-I receptor (IGF-Ir)はサービカルループには発現していないが,HERSに発現がみられる (Fujiwara et al, 2005)。HERSを構成する細胞はOEEとIEEとで形態が異なり,細胞増殖はIEEよりOEEの活性が高い(Yokohama-Tamaki et al, 2006; 藤原, 2006)。この歯根伸長期の歯胚にIGF-Iを添加して器官培養をおこなうと,HERSの伸長を促進し,細胞増殖活性はIEEよりもOEEに顕著であった。
これらのことより,EGFとIGF-Iはそれぞれ時期特異的にHERSの形成と発達において重要な役割を果たすと考えられ,本講演ではこれらの研究結果を紹介するとともに,新しく考案した生後臼歯歯胚の成長を観察することが可能な器官培養系について併せて紹介する。
2.Epithelial-mesenchymal interaction of Hertwig's epithelial root sheath during root formation 1Division in Anatomy and Developmental Biology, Department of Oral Biology, Research Center for Orofacial Hard Tissue Regeneration, Brain Korea 21 Project, Yonsei University College of Dentistry; 2Department of Oral Histology, Matsumoto Dental University Jiyoun Kim1, Akihiro Hosoya1,2, Sung-Won Cho1, Han-Sung Jung1 |
Tooth development is regulated by reciprocal interactions between epithelial and mesenchymal cells. A number of morphological studies suggest that growth factors secreted from dental epithelium participate in the initiation of tooth development. These growth factors act on mesenchymal cells, and induce them to differentiate into tooth formative cells. It has been reported that there are many growth factors secreted from dental epithelium, but the key molecule for tooth development is still unknown.
On the other hand, Hertwig's epithelial root sheath (HERS) is formed at the lower edge of enamel organ during root formation stage. This structure consists of inner and outer enamel epithelium, and is thought to have an ability that decides the shape of tooth root formation. However, the initiator of HERS formation and the role of HERS for surrounding tissues are not clearly understood. It is thought that there are two kinds of epithelial-mesenchymal interactions during root formation. One is the interaction between HERS and dental papilla. Dental papilla cells are stimulated by inner layer of HERS and differentiate into root dentin formative odontoblasts. Another is the interaction between HERS and dental follicle. Outer enamel epithelium might secret some molecules to dental follicle cells, and provides the suitable environment to form periodontal tissues including cementum, periodontal ligament, and alveolar bone.
Recent evidence about the relationship of HERS and mesenchymal tissues will be discussed. Further understanding for HERS could assist with the development of periodontal regenerative therapy.
3.歯根発生におけるソニックヘッジホッグ(Shh)経路の役割 東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科 分子発生学分野 太田正人 |
歯の発生は口腔上皮とその下にある間葉組織という上皮-間葉相互作用の結果として発生することが胎生期の歯胚を用いた詳細な研究から明らかにされており,これに関わるシグナリング因子が報告されている。本サテライトシンポジウムのテーマである「歯根発生」は生後に起きる現象であり,歯根発生に重要な役割を果たすヘルトビッヒの上皮鞘(HERS)を中心としたシグナリング因子を介した分子機構について明らかにされつつある1-4)。我々は胎生期の歯冠発生において上皮-間葉相互作用のメディエーターであるSonic hedgehog (Shh) シグナリング経路が,歯根発生におけるHERSの機能に関与するのではないかと仮説を立てこれを検証した。まず,歯根発生過程のマウス臼歯におけるShhシグナリング経路関連遺伝子の発現パターンを調べるためin situ hybridizationを行なった結果,ShhとそのレセプターであるPatched2 (Ptc2) はHERSのみで発現していたが,Patched1 (Ptc1),Smoothened (Smo) およびGli1はHERSだけでなく増殖帯の間葉に発現が認められた5,6)。Shhシグナリング経路はin vivoの生理的条件下で機能しているか確かめるため, Ptc1タンパク質のc末端に変異を持ちShhシグナリング
経路に異常のあるmesミュータントマウスの解析を行った。生後1週齢のミュータントマウスでは,HERS周囲の増殖帯における増殖活性の低下が観察された。さらに生後4週齢では,ミュータントマウスにおける臼歯の萌出遅延および歯根の伸長不全が観察された。これらの結果はShhシグナリング経路が歯根発生に重要な役割を果たしていることを示しており,さらに詳細な解析を行なった結果における新知見についても合わせて報告する7)。
4.ESTデータベースを用いた歯根膜発生機構の解析 大阪大学大学院歯学研究科 口腔分子免疫制御学講座 生化学教室 斎藤正寛 |
近年「幹細胞研究」の発展に伴い、幹細胞を用いた細胞或いは器官レベルの再生医療の可能性が現実味を帯びてきた。「幹細胞」とは自己複製能と多分化能を併せ持つ細胞の総称であり、幹細胞はその由来により胚性幹(ES)細胞と組織幹細胞に分けて考えることができる。胚性幹細胞は、初期胚に由来し、生体を形成する全ての細胞系譜への分化能を持つ全能性細胞である。一方、組織幹細胞は、体細胞に由来し、胚性幹細胞に比べると分化の進んだ段階、例えば外胚葉、中胚葉、内胚葉或いはさらに血液、神経へと特化した限局的な分化能を持つ細胞である。組織幹細胞は患者本人より比較的容易に採取できる利点があり、その有効性は大きい。
歯根膜は歯根と歯槽骨に介在する結合組織であり,咀嚼機能を緩衝するばかりでなく,咬合圧を中枢へ伝える感覚受容器的な働きもする。歯根膜は加齢により進行する歯周病により重篤な炎症性崩壊を受けると,機能的,生体力学的に十分に再生させるには極めて困難である。従って,歯科領域において歯根膜は骨と並んで組織再生の重要な標的になっている。しかしながら歯根膜発生・再生に関わる機能分子が同定されていなため,これまでその詳細な分子機構は殆ど解析されてこなかった。そこで演者らは歯根膜の発生および再生に関わる分子群の全貌を明らかにするために,ヒト歯根膜Expressed sequence tag(EST)libraryを作製し,歯根膜発生に関わる機能分子の網羅的解析とデータベース化を試みた。これまでに10,000 ESTについて配列を解析し,クラスタリングを行い,4,378の独立したESTクラスターを得た。その内,発現頻度3回以上のクラスター(617ESTクラスター)を抽出し,機能別に分類してヒト歯根膜ESTデータベース(KK-Periome データベース)を構築した。KK-Periomeデータベースは481種類の既知遺伝子群(78%),101種類の機能未知遺伝子群(16%)と35種類の機能未知翻訳産物群(6%)で構成されていた。次に,歯根膜細胞系譜特異的なマーカー分子を同定するために,歯小嚢および歯根膜で特異的に発現する遺伝子をスクリーニングした。その結果,F-spondinが歯小嚢に限局して発現し,Tenascin Nが歯根膜に特異的に発現することを見出した。F-spondinは胎生15日齢の帽状期歯胚の歯小嚢で発現が始まり,鐘状期,後期鐘状期の歯小嚢で発現が特異的に上昇したが,歯根膜では顕著に発現が減少した。一方Tenascin Nは胎生期の歯小嚢においては全く発現が見られず,歯根形成期の歯根膜において発現が著明に上昇した。以上の結果より,F-spondinとTenascin Nは,歯小嚢と歯根膜を区別する歯根膜細胞系譜に特異的なマーカー分子であることが示唆された。このような特異的マーカーの同定により歯根膜発生の分子メカニズムの解明は大きく前進すると期待される。本シンポジウムではこれらの解析結果を中心に,歯根膜発生および再生機構について考察する。
5.ヘルトビッヒの上皮鞘(HERS)形成過程の新規仮説と歯根発生メカニズム 岩手医科大学 歯学部 口腔解剖学第二講座 原田英光,鍵谷忠慶,藤原尚樹,石関清人 |
歯の発生の研究は,遺伝子機能の解析が中心に行われ,歯の形成不全に関わる遺伝的疾患の原因や歯の形態形成の基本的原則などを理解できるようになってきた。しかし,これらの研究の多くは歯の初期発生に限られており,歯根発生のメカニズムはいまだに手つかずの状態である。ヒトやマウス臼歯の発生では,内エナメル上皮の増殖によって歯冠の外形が決定される。その後にエナメル器サービカルループから発生したヘルトビッヒの上皮鞘によって歯根象牙質の形成が誘導される。では,どのようなメカニズムで歯冠と歯根を作り分けているのだろうか。そこで,生涯にわたってエナメル質を形成し続けるマウス切歯とマウス臼歯との遺伝子発現の違いを比較してみると,マウス切歯では線維芽細胞増殖因子(Fgf)-10が発現し続けるのに対して,臼歯では歯根形成期に移行すると消失していることが明らかとなった。我々は,Fgf-10の発現の有無が歯冠と歯根を作り分ける鍵的な因子とにらんで,切歯に対してはFgf-10が発現しない場合にどうなるか(機能喪失実験),臼歯歯胚に対してはFgf-10が過剰に発現し続けた場合にどうな
るか(機能獲得実験)という実験系を組み立てて検証してみた。また,歯根形成に重要な働きをするヘルトビッヒの上皮鞘の発生メカニズムを探るため,鐘状期歯胚のサービカルループにおける細胞増殖活性や細胞の動態,遺伝子発現について詳細に検討した。以上の結果を総合して,歯冠形成から歯根形成に移行するメカニズムとヘルトビッヒの上皮鞘発生についての新しい仮説について発表したい。