挨 拶

摂食・嚥下リハビリテーション学分野教授 井上誠
 摂食嚥下リハビリテーション学分野は,平成9年,超高齢社会に向かう日本の歯科医学教育,歯科医療を担い,さらに歯科にとどまらず加齢に伴う生体の機能と構造の変化を科学する講座として,加齢歯科学講座の名前で開設されました.初代教授である野村修一先生らを中心に,翌平成10年には加齢歯科外来での臨床開始,平成11年には東京から植田耕一郎先生を助教授として迎えました.その後,平成14年の大学院改組により摂食嚥下障害学分野と分野名を変更,平成16年に山田好秋先生が2代目の教授(併任)となり,平成18年には,分野の名称を摂食嚥下リハビリテーション学分野に変更,平成20年には私が教授となり,現在に至ります.
 当科における臨床の沿革について紹介します.平成10年に加齢歯科外来が開設されて以降は,外来・病棟における口腔ケアを中心とした臨床を行ってきました.平成18年1月,新潟大学医歯学総合病院の中央診療部門である摂食嚥下機能回復部管理下に,当時新築されたばかりの東病棟2階の総合リハビリテーションセンターに隣接して摂食嚥下リハビリテーション室が開設され,入院患者様の摂食嚥下障害への臨床的介入が本格的に始まりました.同時期に,医科病棟や総合リハビリテーションセンターのリハビリ医ならびに言語聴覚士とのカンファレンスも開始されました.当時は知られることの少なかった摂食嚥下障害に対する臨床介入ですが,誤嚥性肺炎予防効果や喫食率増加が明らかとなり,早期退院・転院が可能となるケースが増えたことで,紹介患者数は順調に増加していきました.平成16年には94人であった摂食嚥下障害の紹介新患数は,平成27年には414人まで増加しています. 現在の診療部門は,入院患者,外来患者の担当をそれぞれ摂食嚥下機能回復部,口腔リハビリテーション科が担当しています.臨床に対する当分野スタッフの思いの熱さは,どの分野にも負けません.入院患者様の摂食嚥下リハビリテーションについては,朝食の始まる朝7時半過ぎから夕方6時過ぎまで,さらに土日の往診,その合間を縫っての研究活動と,日夜駆けずり回っています.また,平成9年の加齢歯科学講座発足当初から,高齢者の罹患率が多いドライマウスや味覚障害の臨床を担当する専門外来(平成11年味覚外来開設,平成16年ドライマウス外来開設)を設置しています.
 日本はますますの高齢化が進み,医療福祉両面での超高齢社会への迅速な対応が叫ばれています.歯科臨床においては,歯科医療を含めた摂食嚥下リハビリテーションに係るEBMの構築,歯科医学教育においては,加齢歯科学,摂食嚥下リハビリテーションに係る教育科目での全国に通用するカリキュラムの構築が当面の課題だと考えています.歯科医学あるいは歯科医療の領域の中では,最も新しい部門といってもよい摂食嚥下リハビリテーション.専門医が少ない状況の中で,私たちは学部教育にも力を注いでいます.新潟大学歯学部では,学生に患者様を配当して,検査・診断・リハビリテーションを学んでもらう分散実習(患者実習)が平成19年より始まり,既存の歯科臨床とは異なる歯科としてのリハビリテーションの現場を学部学生にも経験してもらっています.また,週に1回,高齢者施設を訪問し,口腔ケアや食事介助の場面を体験する学外実習も行っています.
 平成16年に山田好秋教授,平成20年に私が教授に就任して以降は,医科との共同研究や摂食嚥下に関わる末梢と中枢の神経機構解明のための神経生理学的研究を進めています.医科歯科連携によって実現した臨床・基礎研究の成果を含めて,平成16年以降,国際誌に105編の英文論文を発表し,平成22年には辻村恭憲現准教授が歯科基礎医学会賞を獲得したのをはじめとして,計27回の学術賞を受賞,さらに基礎・臨床研究の成果発表に対し,国際学会におけるシンポジストとして数々の招待を受け,講演実績をあげています.平成24年には経済産業省の課題解決型医療機器等開発事業にも参画するなど,基礎研究で培われた成果の臨床応用に向けた取り組みを行っています.
 新たな臨床技術の獲得や研究推進のためには海外への進出が必須です.若手研究者派遣プログラムにより,平成22年に大学院を修了したばかりの福原孝子先生が,平成24年には当時講師であった谷口裕重先生が,平成25年には当時助教であった辻村恭憲先生が,いずれも米国Johns Hopkins Universityへの留学を果たしました.さらに,平成25年には日本学術振興会「頭脳循環を加速する若手研究者戦略的海外派遣プログラム」に採択されて計6名を海外派遣することができ,平成28年現在も米国Johns Hopkins University,University of Manchester,University of Chicagoとの共同研究を続けています.
 超高齢社会の中,口腔のQOLの向上を目指した摂食嚥下研究の実績を活かして,在宅歯科医療支援事業へ参画し,地域歯科医に対する臨床研修を行うことで地域医療への貢献も果たしています.新潟県における摂食嚥下リハビリテーションの普及を目指した開業医支援事業は平成25年三菱財団社会福祉事業として計247件の応募の中から採択され,これを受けて新潟県歯科医師会との連携事業の成果により,平成27年には開業医研修が在宅者歯科医療支援事業にも加えられました.こうした地域貢献事業の取り組みはマスコミにもTV出演,ラジオ出演,新聞での特集記事掲載等で取り上げられました.
 大学発となる研究シーズを元に,新たな歯科医療技術の開発・実用化や医療水準の向上を目指した産学共同研究を推進し,異分野間の技術者交流,企業ニーズの把握,大学からのシーズ提供を通して地場産業の「技術革新」と「社会貢献」を行っています.その成果によって国際食品工業展アカデミックプラザでは2回の優秀賞を受賞しました.さらに,大学と企業との共同研究,JSTの競争的資金獲得などを果たしたほか,超高齢社会における介護食・食器具,口腔ケア用品の開発にも携わっています.また,日本で初めて大学病院に設置された介護食や食器具の展示・試用コーナーは,「食の支援ステーション」として地域のみならず日本中に広く知られることとなり,その取り組みは朝日新聞にも掲載されました.
 摂食嚥下リハビリテーション学分野は,歴史も浅く,臨床分野としてはスタッフ数も多いわけではありません.しかしながら,野村修一先生,植田耕一郎先生,山田好秋先生と,加齢歯科学や摂食嚥下障害の臨床の世界では著名な先生方が牽引されてきた分野を今後もより一層盛り立てていくべく,医局員一同一生懸命頑張ってまいります.平成16年9月に当時の教授であった山田好秋先生を大会長とする日本摂食嚥下リハビリテーション学会第10回学術大会が新潟で開催されました.そして干支が一回りした平成28年9月には私が大会長を務めさせていただいて,日本摂食嚥下リハビリテーション学会第22回学術大会を無事に終えることが出来ました.これからの歯科における本臨床分野を支え,さらに発展させるため,まだまだ走り続けます.
 皆様には,今後ともより一層のご指導・ご鞭撻のほどお願い申し上げます.