歯科再生医療産学連携会議
コラム歯の再生最前線

現実味を帯びる歯の再生 −その6―

今回でこの「現実味を帯びる歯の再生」のコラムは最終回を迎えます。最終回は歯の再生研究の将来の期待を込めて書かれています。

今後の課題

 他の臓器を再生させる試みと比較すると、歯は他の臓器より、かなり短期間で再生する方法を探すことができると予想されます。歯を発生させるメカニズムは単純ですが、まだ、制御はできておらず全体的に見ると手ごたえのある仕事として残されています。

 シャープ先生やヤング先生が確立した別の標的として、歯の形と大きさを予測し制御するための方法があります。培養した歯の原基の中で、臼歯と切歯は遺伝子の発現とその形によって簡単に識別できますが、ヒトの歯の臼歯や犬歯の形を識別することは難しいと考えらます。

 シャープ先生らが作ったマウスの歯は本当の歯の形とは少し異なるものでしたが、それに特に驚くことではありません。なぜなら、シャープ先生が歯を作った部位というのは、実際のマウスでは歯が存在しない部位であり、臼歯になるのか切歯になるのかという情報を持たない部位だからです。その後の実験として歯の原基を臼歯部が萌出する位置に移植したところ臼歯の形をもつ歯になりました。これらの実験結果から、歯の形を決定する信号は成体の口腔内にまだ残されていることが考えられます。

 これまでにティッシュエンジニアリングの方法で作られた歯は歯根を形成しないと言われています。実際に歯が萌出する時の、萌出を開始する信号と同様に歯根の発生は複雑であり、すべてはまだ解明されていません。歯根は歯が完成するときの最後の部位であり、萌出とともに歯根は完成します。歯根を再生させるうえで、適切な条件を探すことは今後の課題となります。もう一つ知られていない事実として、ティッシュエンジニアリングによって作られた歯がどれぐらいの期間でヒトの口の中で再生するかです。ヒトの第二の歯となる永久歯は胎生期にて発生し、6~7年かけて萌出します。長くかかる歯では20年かかる場合もあります。歯の再生に関する動物実験から考えると、ヒトの場合はこれより、はるかに早くなることが予想されますが、実際にはさらに時間がかかるかもしれませんし、この結末はまだ誰にもわかっていません。

 現在、行われている歯の再生研究のほとんどが、効果的で簡単に入手しやすい患者自身の細胞の資源を見つけることに費やされています。自己の細胞は免疫拒絶をさけることができ、歯の大きさ、形、色は遺伝的に決定されているために患者自身の細胞を使うことが最も有利だからです。シャープ先生のグループは成体の骨髄由来の間葉系幹細胞が胎生期の歯を作る間葉組織の代わりになることを発見しましたが、皮膚や毛髪など他の組織中の幹細胞では発見されている胎生期の歯の上皮組織に代わる組織を成体ではまだ見つけていません。今後、他の組織が歯の上皮組織に代わる成体の細胞として効果的なことが発見されるかもしれませんが、歯の発生を誘導する最適な信号を与えるには遺伝子操作の助けがおそらく必要になることも予想されます。

 細胞の供給源として可能性のあるものとして、歯の細胞がもっとも有用です。フォーサイスグループの結果は、エナメル質を作る能力を持つ歯の幹細胞が歯の中に存在することを示唆しています。一方で、フォーサイス以外の研究者たちによって、象牙質や他の組織がある侵襲によって自然に修復されることがすでに報告されています。この研究結果は自然に修復する組織の中に前駆細胞が存在する可能性を示したものです。これらの過去の研究から考えても、古い歯から新しい歯が作られる日が間近に迫っています。

(日経サイエンス2005年11月号「現実味を帯びる歯の再生」から抜粋・一部改変)

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現実味を帯びる歯の再生 −その5―

歯を作るゼロからのスタート

 前回紹介したフォーサイスグループによる歯胚細胞(歯の原基の細胞)と担体を用いて歯を再生させるという試みと比較して、ポールシャープのグループは胎生期の歯の発生過程をそのまま再現することを基にした研究を追求しています。その方法とは歯の発生初期の胎生期の口腔上皮組織と間葉組織の役割を担う細胞の供給源を制御する基本的な歯の発生の原理を理解することから生まれています。

 シャープグループは再生させる歯を作るための細胞の供給源の可能性を求めるために、現在までに、成体の細胞を含めて、何種類もの胎生期マウスの幹細胞やそれ以外の細胞を用いて予備実験を行っています。ほとんどの実験において、間葉細胞を小さな塊になるまで遠心して凝集させて(ペレット)実験に応用しています。この凝集した間葉細胞のペレットを上皮組織と組み合わせて数日間培養すると、組み合わせた組織間の遺伝子発現が初期の歯の発生の特徴と同じになることが示されました。この結果は、歯の組織以外の間葉細胞においても、天然の歯と同じ発生の過程を経る可能性があるということを示唆しています。そこで、この組み合わせた組織を培養後、マウス腎被膜下の血液供給が豊富な場所へ移植し、約26日後に取り出しました。

 これらの実験の中で、幹細胞を含む間葉細胞と胎生期の口腔上皮組織を組み合わせたときだけに明らかな歯の再生が観察されました。例えば、歯を作ることができる口腔組織の間葉細胞を成人骨髄幹細胞に変えたときでも完全に歯が再生しました。さらに、胎生期の歯の間葉組織を成体幹細胞に置き換えても歯は再生することができます。

 シャープグループは胎生期の口腔上皮組織に歯胚を形成するために必要な種々の信号を含んでいること、そして生後には消えてしまうという事実がわかるまでに、不幸にも何年もの実験が必要でした。現在、シャープグループは成体から手に入る胎生期の歯の上皮組織の代わりとして使える有効な細胞集団を探し続けています。したがって、成体幹細胞と胎生期の口腔上皮を組み合わせることで作られた歯の原基の結果というものはこれらかの研究を発展させる上でかなり有効な結果となりました。

 組み合わせにより再生した歯は天然歯とほぼ同じ大きさであり、再生した歯は新生骨と結合組織で取り囲まれ、歯根形成の初期の特徴を持っていたこともとても面白い結果でした。次のステップは、この体外移植組織が口腔内においても歯を再生できることを確認することです。胎生期の顎骨、軟組織、歯および骨は咀嚼や会話のような外因性ストレスがないので、すべて一様に発生しますが、成人の顎骨は硬くて動きの多い場所です。したがって、胎生期の顎骨の環境の中でこの体外移植組織が成長し歯を形成するために必要とした信号が成人の顎骨から供給できるかどうかは誰も知りません。

  この疑問を解明するため、シャープグループは胎生期のマウスから歯胚を取り出し、成体のマウスの口腔内に移植しました。小さな切開を宿主マウスの上顎軟組織に行いました。その部位は通常歯の無い切歯と臼歯の間のディアステマとして呼ばれている領域です。胎生期の歯の原基をその切開部位に移植し外科用の接着剤で創を閉じました。その後、マウスに軟食を与えて移植部位を観察しました。移植後3週になると歯の無いディアステマ領域から歯が明らかに観察できました。その歯の萌出方向と大きさに異常は無く、軟組織によって骨と結合していました。この結果は、成体マウスの口腔でも歯を発生させることができるような適切な環境が現れるということです。しかし、これは我々が最初に目指した歯胚再生の3つのマイルストーンの1つにすぎません。生物学的につくる歯をヒトに応用するには、まだいくつかの問題が残されています。

(日経サイエンス2005年11月号「現実味を帯びる歯の再生」から抜粋・一部改変)

参考文献

1. Ohazama A, Modino SA, Miletich I, Sharpe PT. Stem-cell-based tissue engineering of murine teeth. J Dent Res. 2004 Jul;83(7):518-22.

2. Modino SA, Sharpe PT, Tissue engineering of teeth using adult stem cells. Arch Oral Biol. 2005 Feb;50(2):255-8.

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Vol.04 現実味を帯びる歯の再生 −その4―

今月はフォーサイスグループの歯の再生研究について紹介します。

細胞から歯を作る

 1980年代後期、ハーバード大学医学部臓器移植外科医のバカンティ教授(Joseph P. Vacanti)とマサチューセッツ工科大学高分子科学者のランガー教授(Robert S. Langer)らは、移植に用いる組織を作ることを目的に、生分解吸収性材料の担体に組織の細胞を播種するというシステムを思いつきました。簡潔に説明すると、彼らの考えは、生きている組織というものは常に細胞同士の信号のやりとりをしながら、3次元的な空間の中で自由に動き回る細胞から作られているという現象に基づいています。これらの各々の細胞は大きな細胞集団の中で細胞自身の場所と役割を「認識」しながら、組織を形成し維持することで機能しています。したがって、単離した細胞を適切な条件下で組み合わせて、本来の細胞の環境と同様な環境を与えることができる3次元の担体中で成長させることで、それらの細胞は正しい道筋に従って自分が作るべき臓器を再生することができると考えました。

 バカンティ教授とランガー教授が発見した、担体を基にした肝細胞から肝臓組織の一部を再生させるという技法は、他の臓器や組織、心筋、腸、骨そして歯など複雑な組織を作り出す技術にまで研究分野を広げました(1)。ボストンのフォーサイス研究所のイエリック講師(P.C.Yelick)とバートレット講師(J.D.Bartlett)は、バカンティ教授らの発見したこの技法にブタの細胞を応用して、歯を再生させる研究をバカンティ教授と一緒に2000年に始めました。ブタに注目した理由は、ブタは人間と同様に一生のうちに歯を2回作ることができるからです。

 ヤング先生もまた、生後6ヶ月のブタの未萌出の第3大臼歯(埋伏歯)由来の歯を用いてフォーサイスの実験に参加しています。彼らの研究はブタの歯を小片に細切し酵素処理にて、歯胚上皮細胞と歯胚間葉細胞からなる異種の細胞集団を単離し移植に用います。生分解吸収性ポリマーで作られた担体は、歯の形に成形され、細胞が担体に接着できるように粘着性物質をコートします。その後、単離した細胞を担体に播種し、ラット腹部大網に移植しますが、この移植部位が重要となります。大網は腸を取り巻く血管に富んだ脂肪性の白い組織であり、歯の組織の発生、成長に必要となる酸素と栄養を十分に供給することができるからです。

 移植した初期の担体は細胞の足場として働きますが、最終的に、担体は吸収し再生組織によって置き換わります。移植後20〜30週にて移植体を取り出すと、移植体の中に小さな歯牙様組織を認めました。この歯胚様組織の形と構築された組織は、天然歯の歯冠に類似し、前述のエナメル質、象牙質、歯髄など天然歯を構成する組織のほとんどを含んでいました。さらに特徴的なこととして、担体の中で歯根の発生が観察できたことです(2)。

 実験で用いた歯胚組織から単離した歯胚細胞は、歯髄と石灰化したエナメル質の形成を助けるような位置に担体内で再構築できることが考えられます。一方で、これらの興味深い結果を解釈する別の理論として、担体に播種された細胞と細胞の偶然に生まれた環境が歯の組織を発生させたということです。したがって、フォーサイスグループは、どちらの解釈が正しいかを確認するためにラット臼歯から単離した歯胚上皮細胞と歯胚間葉細胞を用いた新しい研究を考えました。この実験では、細胞を増やすために歯胚組織を6日間培養し、培養増殖した細胞を担体に播種してラットへ移植しました。12週後に移植体を摘出して解析すると、天然歯と同様なエナメル質、象牙質、歯髄から構成された小さな歯の構造物が、移植した担体の中に再生されているのが観察されました(3)。

  この新しい結果は歯の再生研究を大きく進めることになりました。その理由に、移植した細胞が歯の形をつくるための輪郭を細胞の力で再構築できるという以前の研究結果をさらに確実にしたからです。さらに、培養によって細胞を増殖させたことが、細胞の歯を作る能力に対して不利な効果を与えないことも確認できたからです。この結果から、再生医学者は患者自身の少ない試料から得た細胞を増やして移植するという技術を使って、歯を置き換える技術を開発することが可能になることが示唆されました。まとめますと、培養歯胚細胞を用いた歯の再生が、下等な哺乳類において可能であることを証明し、ヒトにおいても良く似た方法を用いることで、歯の再生の成功の望みが高くなったといえます。

 フォーサイスグループは成体由来の細胞からほとんどの歯の組織を作ることができますが、この歯の組織が天然歯と同様な適切な配列で再生する割合は15〜20%です。したがってフォーサイスグループは、より正確な歯牙構造をもつ歯を作るために、担体の中で異なる歯胚細胞をより正確に播種させる方法の開発を続けています。

 同時に、フォーサイスグループは、この実験で観察された新しく再生した歯の組織が移植した単離歯胚細胞からのみ再生したかどうかについて検討しています。担体に播種するための第3大臼歯歯胚細胞は、他の種類の細胞へ分化することで、新しい組織をつくる能力をもつ幹細胞を含んでいるかもしれません。もしこれが事実であれば、歯を生物学的に作る時に必要となる、歯を作る能力をもつ歯牙幹細胞が、少なくとも第3大臼歯萌出時の初期の成人期までは歯の中に存在しているということを意味します。このような多能性成体歯牙幹細胞の発見は担体中で歯を作るという研究を間違いなく速めることが予想でき、ロンドンのキングス大学のシャープ教授(Paul T. Sharpe)のグループによる歯の再生研究にも用いることができるかもしれません。

(日経サイエンス2005年11月号「現実味を帯びる歯の再生」から抜粋・一部改変)

参考文献

1. Langer R, Vacanti JP. Tissue engineering. Science 1993;260(5110):920-926.

2. Young CS, Terada S, Vacanti JP, Honda M, Bartlett JD, Yelick PC. Tissue engineering of complex tooth structures on biodegradable polymer scaffolds. J Dent Res 2002;81(10):695-700.

3. Duailibi MT, Duailibi SE, Young CS, Bartlett JD, Vacanti JP, Yelick PC. Bioengineered teeth from cultured rat tooth bud cells. J Dent Res 2004;83(7):523-528.

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Vol.03 現実味を帯びる歯の再生 −その3―

シャープ先生とヤング先生が歯の再生の課題について解説していますので紹介します。

40年来の課題

歯の発生は、上皮組織と間葉組織の相互作用によってできることは理解できたと思います。つまり、歯を育てるには、適切な時期に適切な信号を与えなければ歯ができないことになります。すでに1960年初頭に、英国ケンブリッジにあるストレンジウェイ研究所のグラストーン(Shirley Glasstone)らは、マウスの組織を使って歯をつくる可能性を模索しています。

30年以上もの間、マウス胎児の歯胚から上皮組織と間葉組織の小片を分けて取り出し、再度それらの組織を組み合わせて培養皿上で歯を成長させる実験や、充分な血液供給が得られるように組み合わせた組織を動物に移植するといった実験が試みられてきました。その結果、歯の原基(歯胚)は、胎児から取り出して、培養皿上でも正常な発生過程をたどることができ、エナメル質や象牙質をつくり出せることが確認されました。しかし、エナメル質や象牙質は作り出すものの、その成長は初期段階で止まってしまい、最終的には完全な歯となりませんでした。この結果から、胎児では原基をとりまく環境の中に、最終的に歯を完成させるために不可欠な成分があるのに対して、培養皿上の実験ではそれが欠けていることが考えらます。

胎生期では、完全な歯をつくるのに必要な成長因子や信号のほとんどが歯胚を取り囲む顎骨組織から出ているといわれています。したがって、歯の発生を再現するには、顎骨中に歯胚を移植するのが1つの方法と考えられます。つまり、歯の発生に必要な環境条件を備えた場所 (顎の骨) で歯の原基を成長させれば、神経や血管も通り、歯と顎骨が物理的に接合することにもなると思われるからです。しかし、大人と胎児とでは顎骨の状況はかなり異なっていることが予想され、大人の顎骨の中に、胎児と同じ、歯の発生に必要な一連の信号がきちんと送られるかどうかについては、確認はされていません。

天然の歯と同じ材質、同じ構造を持つ歯をつくるには、適切な細胞を組み合せて移植することが必要です。胎児の細胞を使うよりも患者自身から採取した組織を使うほうがうまくいくと考えられます。なぜなら、自分の組織を用いれば、免疫系に攻撃されることは無いからです。

歯の再生医療を実現するには、次に挙げる3つの課題をクリアしなくてはなりません。@患者から間単に入手でき、歯になる能力を持った細胞を探し出すこと。A入手した細胞からできた歯が成人の顎骨で成長し、最終的には骨と結合できる歯根膜を形成させること。B再生させる歯の大きさや形をあらかじめ予測し、希望どおりにできるような制御方法を探し出すこと。これは、患者が必要とする歯に形や大きさを合わせるためです。現在、これらの3つの課題のどれもが克服されていません。これらの課題の克服はいずれも野心的な目標ですが、多くの研究グループがそれぞれ違ったアプローチで研究を進めることにより、徐々に成果が上がりつつあります。

次回は、これらの研究の成果を紹介します。

(日経サイエンス2005年11月号「現実味を帯びる歯の再生」から抜粋・一部改変)

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Vol.02 現実味を帯びる歯の再生 −その2―

歯の発生はデリケートな相互作用

第2回は歯のでき方についてシャープ先生とヤング先生が解説しています。

ヒトの歯の発生が始まるのは、妊娠6週目からです。このときの胎児はまだ、1インチよりも小さく、かろうじて形が認識できるぐらいです。それにもかかわらず、細胞間での相互作用(信号物質のやりとり)を通して、すでに歯の形成が始まっています。この信号物質のやりとりは、非常に複雑で、これが、実験室で歯などの臓器を完全に作ることができない原因となっています。実際、体内で臓器がつくられる条件を人工的に完璧に再現することは不可能かもしれません。それでも、発生過程の初期段階についてわかればわかるほど、歯の再生医療の可能性も大きくなるはずです。

歯を含むほとんどの臓器は「上皮系」と「間葉系」という2種類の異なるタイプの細胞群が信号をやり取りします。上皮系は表皮や毛髪など、身体の外側を作る外胚葉性の細胞で、間葉系は骨や軟組織、血液などになる多くは中胚葉性の細胞です。歯の場合、口腔上皮細胞から、ゆくゆくは顎の骨や軟組織になる間葉系細胞に向けて最初の誘導信号が送られます。これが、合図となって、歯のもとである「歯胚」の形成が始まります。

上皮細胞から最初の信号を受けた間葉細胞は、今度は上皮細胞に向けて信号を送り返します。信号はすべてタンパク質などの分子のやり取りです。こうした一連の相互作用が歯の発生を通して続けられます。

歯の発生の最初の特徴は、将来歯ができる部位の口腔上皮組織がわずかに肥厚することです。歯の発生が進むにつれて、肥厚した上皮組織はその下部の間葉組織に侵入し始めます。この集まった細胞群を「歯堤」と呼び、妊娠7週までには形成されます。

その後、この上皮細胞がさらに侵入にして集まった間葉系細胞を包み込むように成長し、14週ころになると歯胚は底が開いた鐘のような形になります。

上皮細胞は最終的には、歯の表面を覆うエナメル質になります。赤ちゃんが生後6〜8 ヶ月になると、これが、歯肉から顔を出して、“歯が生えてきた(萌出した)”状態となり、目で見えるようになります。一方の間葉系細胞は、エナメル質の内側にある象牙質や歯髄、歯肉の中に埋もれたセメント質やおよび顎の骨に歯を付着させる歯根膜など、外側から見えない部分を形成します。

どの形の歯になるのか

哺乳類の場合、一口に歯といっても、前歯(切歯と犬歯)と奥歯(小臼歯と大臼歯)では、形が違います。この違いは、発生が始まる前に、生えてくる場所によって、すでに決められています。歯の発生を誘導する最初の刺激(信号)と同様に、上皮組織からの別の信号が、この歯の形を決めています。この信号によって、顎骨にある間葉組織の細胞では、重要な遺伝子群の発現が制御されています。

この遺伝子群は「ホメオボックス」と呼ばれ、顎骨の中の細胞だけでなく身体中での胚の発生を通して活躍する“身体づくり遺伝子”です。身体全体から手足のような付属器、組織、臓器の形と位置の決定に関与しています。顎の骨の発生でも、位置ごとに異なる組み合わせのホメオボックス遺伝子が発現し、顎骨の中にできた歯堤を大臼歯や小臼歯、犬歯、切歯にそれぞれ誘導します。

例えば臼歯ができる部位の間葉系細胞ではBarx1と呼ばれるホメオボックス遺伝子が発現してきます。動物を使った実験では、通常は切歯が生えてくる場所の間葉組織でBarx1を人工的に発現させてやると、切歯ではなく臼歯ができてきます。

歯の再生医療を実現するには、どの形の歯になるのかを予測したり、望み通りの歯に育てる技術が不可欠となります。特定の歯だけで発現するBarx1などの遺伝子を目的にすれば、培養で作る歯がどのような形になるのかを予測できるようになるかもしれません。

(画像をクリックで拡大)

(日経サイエンス2005年11月号の記事より許可を得て引用)

次回から歯を作る実験です。
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Vol.01 現実味を帯びる歯の再生 −その1―

はじめに

2005年のScientific Americanの8月号に、「Test-Tube Teeth」というタイトルでKings College(ロンドン)のシャープ先生とForsyth Institute(ボストン)のヤング先生の二人の研究者が歯の再生研究の最前線について詳しく記述しています。われわれの研究室はこの論文を翻訳する機会を得て、日経サイエンス2005年11月号に掲載されました。このコラムでは、その翻訳した論文を日経サイエンス社の許可を得て、何回かに分けて毎月紹介します。

序論

歯は、見た目より複雑な小さな臓器です。わたしたちは、歯の大切さを、歯を失ったときや、歯の治療が必要になったときに、歯の大切さに気付きます。現在、歯を喪失すると、ほとんどの場合、補綴物で置き換えることになります。入れ歯やブリッジといわれる金属による補填が一般的な治療といえます。

西洋では、成人の約85%が歯科治療を受けており、17歳までに7%のヒトが1本もしくはそれ以上の歯を喪失しています。50歳以上では歯牙欠損数が平均12本にもなります。では、失った歯を取り戻す理想的な方法とは何でしょうか。患者自身の組織から、目的とする場所で成長できる本物の歯を再生させることが可能となれば、それが、最も理想とする治療法となるのかもしれません。近年、こうした生物学的に歯を再生させることは、すでに夢ではなく現実味を帯びてきています。しかし、生物学的に再生させた歯で失った歯を置き換えるという現実は、幹細胞生物学と組織工学を融合することで促進されたものの、まだ、いかにして歯を作るかという議論の中にあります。

この歯の再生研究は、新しい歯を必要としている人たちの希望となるだけではなく、臓器の疾患などで新たに臓器を再生させて、置き換えるという再生医療の試金石となるかもしれません。 再生医療の立場から考えると、歯は非常に研究しやすい利点が二つあります。ひとつは、比較的簡単に入手できること、もうひとつは、QOL(生活の質)を高めるのには重要であるが、生命に不可欠ではないことです。臓器を再生させる方法を模索している現時点では、他の臓器に先駆けて、歯によってさまざまな技術的可能性が試されることになると思われます。歯は他の臓器の再生医学を成功させるための手段の一つの重要な通り道ともなるかもしれません。

しかし、歯を再生させることが簡単であると言っているのではありません。歯を含め、臓器ができるプロセスは、数百万年という長い進化の果てに確立したものです。再生医学はこの発生過程をなぞるものともいえます。つまり、胎児の体の中で、多くの遺伝子の発現を緻密にコントロールして行われている発生過程を複製することともいえます。どうやって歯を作ればいいのかを知るには、どうやって歯ができてくるのかを観察することから始めることが必要といえます。

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次回のコラムは歯の発生(でき方)です。
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