研究の背景,方向
種々の口腔疾患の疫学研究を行っている。1970年から実施している学校をベースとした齲蝕予防の介入研究の成果は,フッ化物洗口と定期歯科健康診断および選択的シーラントの応用によって,1996年以降モデル地域の11〜12歳児の90%がカリエスフリー,齲蝕歯数は一人平均 0.1本というところまで成果を上げてきた。現在は,基本的な齲蝕予防プログラムでは救えないハイリスク児童の要因解明のため,口腔細菌をターゲットとした基礎研究と併行してデータ収集,分析を行っている。
歯周疾患に関して,1989年から WHO本部を中心とするグローバルネットワークの中で,国民,民族レベルでの歯周疾患の疫学的特性を明らかにしてきた。得られた歯周組織の健康概念を基に,新しい歯周疾患スクリーニング,モニタリング法の開発をめざすと同時に,保健政策立案に必要な基礎データ収集によるWHO Global Info Baseの整備を行っている。
また,社会的に関心が高い口臭は,これまでの疫学調査からその原因の多くが口腔局所にあることが明らかとなった。歯周病に起因する真性口臭症の原因物質が揮発性硫黄化合物(VSC)であることに着目し,VSC測定による歯周病の病態評価および歯周病進行予測について疫学研究を行っている。
1998年から実施している新潟市の高齢者コホート研究(新潟高齢者スタディー)からは,健康状態に関する様々な口腔と全身の相互関連性や疾患発生・進行の因果関係わかってきた。蓄積されたデータ量が膨大なため,全ての分析を終了するまでに相当の期間が必要である。
その他,アメリカミシガン大学(歯周病と全身疾患),英国ニューキャッスル大学(口腔健康と栄養),ロンドン大学(口腔癌・前癌病変)などとの国際共同研究を展開中である。また,ミヤンマー,スリランカ,カンボジア,ラオスの歯科大学・保健省と共に,国家の口腔保健政策立案を目的とした口腔疾患の発症と生活習慣の関連などを含むベーシックな疫学研究を行っている。これらの研究はWHO協力センター活動の一環として行われている。
抗菌剤を併用した歯周治療が糖尿病のインスリン抵抗性の改善に与える影響について内科学教室と共同で臨床介入研究を実施しており,糖尿病患者の血清アディポネクチン濃度の有意な増加をもたらす作用を確認している。
口臭検査に特化した簡易型ガスクロマトグラフィーの開発に関与し,度重なる臨床試験を経てその有用性を確認した。一般診療所のチェアーサイドで手軽に使用できるため,現在,世界の歯科医療市場に流通している。口臭治療のためには,塩化亜鉛含有の洗口剤・スプレーが有効であることを交差試験にて確認した。また,植物由来のプロテアーゼが舌苔コントロールに有効であることを示し,その結果として口臭を抑制することも臨床試験で確認した。現在は,高齢者介護現場で利用できるようにプロテアーゼの材形を変え臨床試験を行っている。
小児,児童の齲蝕予防,高齢者の根面齲蝕予防,成人の歯周疾患予防管理など臨床予防歯科における個人健康管理もまた重要である。特に,疾患リスクの判定法,予測法や管理プログラムの構築は大きなテーマの一つである。地道に臨床データを積み上げて行かねばならない。
代表的な齲蝕原性菌、Streptococcus mutansのグルカン合成能に注目した齲蝕活動性試験の開発に向けて、基礎研究を行っている。これまでに、S. mutansのグルカン合成能は菌株によってかなりばらつきがあること、基本的な齲蝕予防プログラムで救えないハイリスク児童をスクリーニングするには、口腔内に保有するS. mutansが、非水溶性グルカン合成能の特に高い菌株であるかどうかを調べる検査の方が、従来の齲蝕活動性試験に比べて優れていることを確認している。現在、S. mutansの非水溶性グルカン合成酵素GtfBをコードするgtfB遺伝子について、菌株間の塩基配列の違いと非水溶性グルカン合成能とが、どのように対応するのか分析を行っている。
研究テーマ